医道2009年11月号掲載事例

はじめに

全身の体質を改善するため、当院ではすべての治療に対して、中医学弁証論治による全身調整を採用しているが、本誌2009年2月号において「4タイプ分類 増毛の鍼灸治療と悩み改善度」にて調査対象者22人における抜け毛・薄毛の悩みの改善度と、その有効性を示した。

今回、当院増毛コース施術中の患者30人を中医学弁証論治による弁証別に4タイプ(血熱タイプ・気血両虚タイプ・血瘀タイプ・肝腎陰虚タイプ)に分類。アンケート調査を実施した結果を報告する。

また、頭部局所の刺鍼例と4タイプ別の症例を写真(施術前と施術10回前後)で示し、説明したい。

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アンケート調査

患者を4タイプに分類したところ血瘀タイプが最も多く36.7%、ついで血熱タイプが30.0%、肝腎陰虚タイプ23.3%、気血両虚タイプ10.0%だった。今回調査対象者のタイプ別分類において、気血両虚タイプが最も少ない結果となり、人数は3人であった。

期間
2007年9月~2009年1月(16か月間)
調査対象者
30人(平均年齢 36.5歳)うち、男性17人(同40.5歳)、女性13人(同31.3歳)
調査時期
増毛コース施術前(以下施術前)及び施術10回終了後(以下施術後)
項目
  1. 薄毛・脱毛が気になりだした時期
  2. 現在気になる症状(複数回答可)
  3. どの部分が薄いと感じるか(部位別及び全体)を施術前・施術後に11段階(0~10)にて評価(数値が高いほど悩み度が高い)
  4. 施術後の満足度を施術前・施術後に11段階(0~10)にて評価(評価数値が高いほど満足度が高い)
結果
まず気になる症状については、施術前後で「抜け毛」が66.7%から20.0%に、「ボリュームがない」は66.7%が30.0%に、「毛が細い」は53.3%が30.0%に変化し、対象者が少ないフケ・痒みを除く各項目で大きく改善が見られた(図1)。
次に、脱毛の悩みを全体及び各部位別に分けて施術前後での悩みを尋ねたところ、頭頂部、前頭部、後頭部、側頭部の各部位ともに施術前と比較し、施術後は悩み度が減少している。また、全体評価について施術前悩み度が7.9であったが、施術後は7.0と減少しており、増毛施術10回終了時において改善が見られる(図2)。
弁証タイプ別施術後における満足度を比較してみると図3のようになった。満足~やや満足(10・9・8・7)が最も多いのは血熱タイプで88.9%と半数以上を占めている。ついで肝腎陰虚タイプ71.4%、血瘀タイプ45.5%、気血両虚タイプ33.3%であった。
血熱タイプを除く3タイプは普通~満足(5~10)までで100%を占めた。血熱タイプについては、満足~やや満足(10・9・8・7)と評価した人が88.9%、不満(3)と評価した人が1人おり、11.1%となった。血熱タイプのやや不満(3)と答えた1人を除き、すべてのタイプにおいて普通(5)以上の評価を得た。やや不満の1人も15回目には満足の評価をいただいている。
  • 気になる症状の施術前後比較図1 気になる症状の施術前後比較(複数回答可)
  • 脱毛の全体及び各部位別悩み度の施術前後比較図2 脱毛の全体及び各部位別悩み度の施術前後比較(平均)
  • 弁証タイプ別施術10回後満足度比較図3 弁証タイプ別施術10回後満足度比較

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局所(頭部)の刺鍼例

当院では全身調整に中医学弁証論治を採用しており、脱毛・薄毛の症状は体質を改善して、根本から治療できると考えている。頭部(局所)の施術は、全身調整がなされた上ではじめて有効となると考えている。

局所(頭部)の刺鍼方法は、各部位別に経穴や緊張部位、脱毛部位等考慮に入れ、円を描く様に8本、中心に1本刺鍼する。円の8本は隣り合う鍼をパルス(低周波)でつなぎ、1~3Hz 8分通電する。側頭部は両側4本、中心に1本刺鍼する。また、各パターンに米粒大3壮を3点(皮膚の色の悪いところ、ブヨブヨしているところ、湿疹部など)に施灸する。当院では下記に示す写真の3パターンを各症状に合わせて選択している。

刺鍼パターン例

1.(前頭部+頭頂部)
気虚症状・陰虚症状が見られる症例に多く用いられる。前額部~前頭部~頭頂部の血色が悪い。随伴症状に集中力の低下、低血圧、疲労倦怠感を伴うことが多い。
2.(前頭部+後頭部)
すべてのタイプにおいて前頭~後頭の緊張が見られる場合に用いる。前頭部・前額部の血色が悪い。随伴症状に集中力の低下、後頭~頂部のこり、目が見えにくくなる、頚や肩のこり、頭痛を伴う事が多い。
3.(頭頂部+側頭部)
気滞症状が見られる症例に多く用いる。随伴症状に偏頭痛や耳鳴り等が伴う事が多い。

上記3パターン以外では、脱毛が停止(治まった)段階で脱毛部周囲に8本、中心に1本、行気・行血・益気・昇挙・涼血の目的で刺鍼する例がある。

前頭部置鍼

前頭部置鍼

対象者
  • 前頭、前額部の血色が悪い。
  • 前頭部の脱毛・薄毛
  • 集中力がない。
  • 低血圧。
  • 視力の調整がつきにくい。
  • 眼精疲労
  • 血瘀、血熱・気虚・陰虚・気滞等により前頭部に血流不全が見られる。 等
方法
上星~前頂付近を直径として、円を描くよう刺鍼する。

頭頂部置鍼

頭頂部置鍼

対象者
  • 頭頂部の血色が悪い
  • 頭頂部の脱毛・薄毛
  • 頭頂部がブヨブヨしているか若しくは堅い
  • 頭頂痛
  • 低血圧・高血圧
  • イライラ
  • 不眠 等
方法
百会を中心に円を描く。直径は症状に合わせて変更する。

側頭部置鍼

側頭部置鍼

対象者
  • 側頭部の脱毛、薄毛
  • 目が痛い。
  • 偏頭痛
  • 頚の凝り
  • 耳鳴り
  • 神経痛 等
方法
和髎、頷厭、承霊、天衝付近の反応点に4点、中心に1点、両側頭部に刺鍼する。

後頭部置鍼

後頭部置鍼

対象者
  • 頭頂~後頭部の脱毛、薄毛
  • 視力の調整がつきにくい
  • 項~後頚の凝り
  • 耳鳴り
  • 後頭痛 等
方法
まず頭竅陰、天衝、百会、風府付近の反応点に刺鍼し、円になるように8本、その中心に1本刺鍼する。

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4タイプ弁証別症例

血熱タイプ

このタイプは頭頂・側頭に症状が見られることが多いが、重症の場合は全頭性脱毛に進行する症例も多い。

施術上の注意点としては、最初10回は発毛・育毛があまりみられないことである。脱毛を緩和させることが当初目標となるため、髪の量としては減少する。血熱が原因となる随伴症状の緩和と脱毛の改善が、患者説得の重要なポイントとなる。症状の重症度は高いが、満足度も最も高いタイプである。

症状
  1. 突然の部分的・全体的脱毛
  2. 頭皮の赤み・萎縮・光沢・痒み
  3. 目が充血しやすい
  4. 鼻血や不正出血などの出血症状
  5. 口が渇く
  6. 便秘
  7. イライラしやすい
治療
全身
清熱涼血
基本配穴
曲池、合谷、内庭(清熱瀉火)、心兪、膈兪、三陰交(涼血化瘀)、天枢、上巨虚(瀉熱通便)、次髎、膀胱兪、中極(清熱利尿)
結果例

下図(男性、47歳)

前頭部
前頭部
側頭部
側頭部

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気血両虚タイプ

このタイプは症状の重症度により改善が異なる。症例が少ないため、系統的な事は述べられないが、随伴症状の改善が早くに見られる。例えば、日常の活動性の向上や睡眠等が改善される。

症状
  1. 慢性的脱毛
  2. 毛髪細く、頭皮の色がくすんでいる
  3. 顔色に艶がない(くすんでいる)
  4. 少し動くと息切れや動悸がする
  5. 食欲なく少し食べると腹が張る
  6. 不眠(疲れて熟睡できない)
  7. 疲れやすい
治療
全身
補気養血
基本配穴
神門、心兪(養心安神)、足三里、脾兪(健脾益気 補気生血)、合谷、膈兪、三陰交(気血双補)
結果例

下図(男性、42歳)

頭頂部
頭頂部
後頭部
後頭部

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血瘀タイプ

血瘀の原因は様々であるが、徐々に進行するタイプが多い。まず施術により脱毛・薄毛部の皮膚の色が改善される。その後、細く切れ毛になっていた毛が太くなり、伸びはじめる。新しい毛根が形成され、頭皮に触れるとザラザラした感触がする。施術10回で見た目にも変化が見られる。

症状
  1. 持続的・部分的・全体的脱毛
  2. 脱毛部の皮膚の色が浅黒く、乾燥
  3. 顔色がどす黒い
  4. 皮膚が乾燥しやすい
  5. 頭痛(刺すような痛み)
  6. 舌が紫・瘀点・瘀斑(黒い点やしみ)がある
  7. 爪の色が青紫色・黒色
治療
全身
活血化瘀
基本配穴
心兪、膈兪、血海、三陰交(活血化瘀)
結果例

下図(男性、41歳)

頭頂部
頭頂部
後頭部
後頭部

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肝腎陰虚タイプ

このタイプには、壮年性脱毛症が多く見られる。毛髪は、はりがなく、細いため毛が伸びずにすぐ切れてしまう。毛根は残っているケースも多く、比較的早期に改善が見られる事が多い。

症状
  1. 慢性的脱毛(徐々に進行)
  2. 頭頂部や両額角(徐々に進行)
  3. 毛髪柔らかく細い
  4. 頭皮の痒み、油脂多い
  5. 腰がだるい
  6. 手のひら、足底赤くほてりやすい
  7. 耳鳴り(蝉の声)
治療
全身
滋陰益精
基本配穴
太谿、腎兪、太衝(滋補肝腎)、 肝兪、膈兪、三陰交(養血生髪)
結果例

下図(男性、62歳)

頭頂部
頭頂部
後頭部
後頭部

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考察・結語

今回、当院がすべての施術に採用している中医学弁証論治による全身治療を4タイプに分類し、満足度・症例・施術のポイント等について説明した。また、標治(頭部の局所施術)については、大きく3パターンの組み合わせとその対象者の具体的な症状について、写真を用いて説明した。

中医学弁証論治

4タイプ別には、血熱タイプ、血瘀タイプが合わせて66.7%と非常に高い構成比を占めている。今回は脱毛症・薄毛の鍼灸治療について4タイプ別に説明してきた。しかし実際の治療現場では、4タイプの弁証よりもさらに詳しい中医学弁証論治を実施している。血瘀タイプを例にあげると、気虚から推動力低下による血瘀証(気虚兼血瘀証)、気滞から肝の疏泄低下による血瘀証(気滞血瘀証)、血虚から栄養不足による血瘀証(血虚兼血瘀証)など、血瘀に至る原因はさまざまである。その原因によって、治療則も異なる。活血化瘀に補気・補血・疏肝など必要に応じて、本治が加えられる。したがって、すべて4タイプのみの配穴ではなく、そのタイプに至った原因を中医学的に分析し、配穴を考える必要がある。機会があれば、より詳しい弁証・治則・配穴・実際の症例などを説明したいと考えている。

全身治療の重要性

脱毛症・薄毛の鍼灸治療は、大きく4タイプ別に分類している事からもわかるように、全身の気・血・津液が正常に機能した状態に改善する事が最も重要である。例えば肩こり・頭痛・眼精疲労が改善されずに、頭部局所に施術しても、頭部の気血津液は正常な状態ではないので、脱毛・薄毛の改善はあまり期待できない。中医学弁証論治による全身治療をベースに、頭部局所に治療する事で、壮年性脱毛症・全頭型脱毛症・多発性円形脱毛症などあらゆる脱毛症・薄毛にアプローチできると考えている。

血熱タイプは脱毛が激しい

血熱タイプは、当院の脱毛症患者に占める構成比が高く、満足度も高い。しかし、血熱の程度によっては脱毛が激しく「バサバサ抜ける」と訴えて来院される方も多い。このケースは、まず脱毛を緩和することが重要である。施術10回までに脱毛は緩和されるが、写真で比較すると、来院時より毛が少なくなっており、見た目においては悪化しているかのように見える。初診時に、最初の10回で脱毛を緩和するが、毛は少なくなる事を患者に説明しておく事も重要と考えている。このタイプの症例は多いが、11回から発毛・育毛がみられ完全に改善されている。残念ながら今回は症例として、紹介することができなかった。

継続治療による効果

今回は施術10回による効果を満足度及び症例により紹介した。大多数の患者は症状が完全に改善されてはいない。まだ症例数が30人と少なく、十分に説得力あるデータとは言い難いが、今後、治療を継続することで、タイプ別・症状の程度別にほぼ完全な状態になるように、およその治療回数などの目安を提示できればと考えている。

ストレス社会と言われる現代、脱毛症・薄毛に悩んでおられる方は増加している。私見ではあるが、「増毛の鍼灸治療」は、鍼灸分野において新しいカテゴリーになりうるだろう。また鍼灸未経験層がトライアルする動機となる可能性があると考えている。ある程度、継続治療の必要性があるカテゴリーのため、随伴症状の軽減により、鍼灸の効果を理解しやすいことも、利点の1つである。今後、さらに症例を集積し、効果の検証・検討と治療の標準化を目標に活動していきたいと考えている。

参考文献
  1. 邸茂良、孔昭遐、邸仙霊編著.中医鍼灸学の治法と処方.東洋学術出版社学術出版社2001
  2. 王富春編著.経穴治病明理.科学技術文献出版社2000.
  3. 天津中医薬大学.後藤学園編著.鍼灸学「経穴篇」.東洋学術出版社1997
  4. 天津中医薬大学.後藤学園編著.鍼灸学「臨床篇」.東洋学術出版社1993
  5. 李世珍.臨床経穴学.東洋学術出版社2001
  6. 神戸中医学研究会.基礎中医学.燎原1995
  7. 内山 恵子.中医診断学ノート.東洋学術出版社1999