全身の体質を改善するため、当院ではすべての治療に対して、中医学弁証論治による全身調整を採用しているが、本誌2009年2月号において「4タイプ分類 増毛の鍼灸治療と悩み改善度」にて調査対象者22人における抜け毛・薄毛の悩みの改善度と、その有効性を示した。
今回、当院増毛コース施術中の患者30人を中医学弁証論治による弁証別に4タイプ(血熱タイプ・気血両虚タイプ・血瘀タイプ・肝腎陰虚タイプ)に分類。アンケート調査を実施した結果を報告する。
また、頭部局所の刺鍼例と4タイプ別の症例を写真(施術前と施術10回前後)で示し、説明したい。
患者を4タイプに分類したところ血瘀タイプが最も多く36.7%、ついで血熱タイプが30.0%、肝腎陰虚タイプ23.3%、気血両虚タイプ10.0%だった。今回調査対象者のタイプ別分類において、気血両虚タイプが最も少ない結果となり、人数は3人であった。
当院では全身調整に中医学弁証論治を採用しており、脱毛・薄毛の症状は体質を改善して、根本から治療できると考えている。頭部(局所)の施術は、全身調整がなされた上ではじめて有効となると考えている。
局所(頭部)の刺鍼方法は、各部位別に経穴や緊張部位、脱毛部位等考慮に入れ、円を描く様に8本、中心に1本刺鍼する。円の8本は隣り合う鍼をパルス(低周波)でつなぎ、1~3Hz 8分通電する。側頭部は両側4本、中心に1本刺鍼する。また、各パターンに米粒大3壮を3点(皮膚の色の悪いところ、ブヨブヨしているところ、湿疹部など)に施灸する。当院では下記に示す写真の3パターンを各症状に合わせて選択している。
上記3パターン以外では、脱毛が停止(治まった)段階で脱毛部周囲に8本、中心に1本、行気・行血・益気・昇挙・涼血の目的で刺鍼する例がある。
このタイプは頭頂・側頭に症状が見られることが多いが、重症の場合は全頭性脱毛に進行する症例も多い。
施術上の注意点としては、最初10回は発毛・育毛があまりみられないことである。脱毛を緩和させることが当初目標となるため、髪の量としては減少する。血熱が原因となる随伴症状の緩和と脱毛の改善が、患者説得の重要なポイントとなる。症状の重症度は高いが、満足度も最も高いタイプである。
下図(男性、47歳)
このタイプは症状の重症度により改善が異なる。症例が少ないため、系統的な事は述べられないが、随伴症状の改善が早くに見られる。例えば、日常の活動性の向上や睡眠等が改善される。
下図(男性、42歳)
血瘀の原因は様々であるが、徐々に進行するタイプが多い。まず施術により脱毛・薄毛部の皮膚の色が改善される。その後、細く切れ毛になっていた毛が太くなり、伸びはじめる。新しい毛根が形成され、頭皮に触れるとザラザラした感触がする。施術10回で見た目にも変化が見られる。
下図(男性、41歳)
このタイプには、壮年性脱毛症が多く見られる。毛髪は、はりがなく、細いため毛が伸びずにすぐ切れてしまう。毛根は残っているケースも多く、比較的早期に改善が見られる事が多い。
下図(男性、62歳)
今回、当院がすべての施術に採用している中医学弁証論治による全身治療を4タイプに分類し、満足度・症例・施術のポイント等について説明した。また、標治(頭部の局所施術)については、大きく3パターンの組み合わせとその対象者の具体的な症状について、写真を用いて説明した。
4タイプ別には、血熱タイプ、血瘀タイプが合わせて66.7%と非常に高い構成比を占めている。今回は脱毛症・薄毛の鍼灸治療について4タイプ別に説明してきた。しかし実際の治療現場では、4タイプの弁証よりもさらに詳しい中医学弁証論治を実施している。血瘀タイプを例にあげると、気虚から推動力低下による血瘀証(気虚兼血瘀証)、気滞から肝の疏泄低下による血瘀証(気滞血瘀証)、血虚から栄養不足による血瘀証(血虚兼血瘀証)など、血瘀に至る原因はさまざまである。その原因によって、治療則も異なる。活血化瘀に補気・補血・疏肝など必要に応じて、本治が加えられる。したがって、すべて4タイプのみの配穴ではなく、そのタイプに至った原因を中医学的に分析し、配穴を考える必要がある。機会があれば、より詳しい弁証・治則・配穴・実際の症例などを説明したいと考えている。
脱毛症・薄毛の鍼灸治療は、大きく4タイプ別に分類している事からもわかるように、全身の気・血・津液が正常に機能した状態に改善する事が最も重要である。例えば肩こり・頭痛・眼精疲労が改善されずに、頭部局所に施術しても、頭部の気血津液は正常な状態ではないので、脱毛・薄毛の改善はあまり期待できない。中医学弁証論治による全身治療をベースに、頭部局所に治療する事で、壮年性脱毛症・全頭型脱毛症・多発性円形脱毛症などあらゆる脱毛症・薄毛にアプローチできると考えている。
血熱タイプは、当院の脱毛症患者に占める構成比が高く、満足度も高い。しかし、血熱の程度によっては脱毛が激しく「バサバサ抜ける」と訴えて来院される方も多い。このケースは、まず脱毛を緩和することが重要である。施術10回までに脱毛は緩和されるが、写真で比較すると、来院時より毛が少なくなっており、見た目においては悪化しているかのように見える。初診時に、最初の10回で脱毛を緩和するが、毛は少なくなる事を患者に説明しておく事も重要と考えている。このタイプの症例は多いが、11回から発毛・育毛がみられ完全に改善されている。残念ながら今回は症例として、紹介することができなかった。
今回は施術10回による効果を満足度及び症例により紹介した。大多数の患者は症状が完全に改善されてはいない。まだ症例数が30人と少なく、十分に説得力あるデータとは言い難いが、今後、治療を継続することで、タイプ別・症状の程度別にほぼ完全な状態になるように、およその治療回数などの目安を提示できればと考えている。
ストレス社会と言われる現代、脱毛症・薄毛に悩んでおられる方は増加している。私見ではあるが、「増毛の鍼灸治療」は、鍼灸分野において新しいカテゴリーになりうるだろう。また鍼灸未経験層がトライアルする動機となる可能性があると考えている。ある程度、継続治療の必要性があるカテゴリーのため、随伴症状の軽減により、鍼灸の効果を理解しやすいことも、利点の1つである。今後、さらに症例を集積し、効果の検証・検討と治療の標準化を目標に活動していきたいと考えている。