不眠とは、病気ではなく、「心身の健康を維持するために必要な睡眠が、量的または質的に不足している状態」のことをいいます。
不眠はその状況によって4つのタイプに分けられます。
また、不眠症の定義は、「不眠の訴えが少なくとも週3 回以上あり、しかも1ヵ月以上持続するもの」と定められており、医療機関での適切な治療が必要な状態です。
不眠症の治療には、睡眠薬を使う治療(薬物治療)と睡眠薬を使わない治療(自律訓練法など)の2つがあります。
(参考文献:鍼灸OSAKA 83号 臨床シリーズ53「不眠症II」)
質の良い睡眠には、「熟睡感」と「目覚めのすっきり感」があります。中医学では、睡眠の管理を「心」という臓腑が行い、「心」の中にある「神」(精神活動のようなもの)が安定していれば、熟睡感と目覚めの良さを実感できると考えています。
そして、この「神」を安定させるには、心へ良質な血を適度に送ることが重要となり、血が少なければ「血虚による不眠」、また、逆に血が多すぎて熱を持てば、「心陽亢進による不眠」となってしまいます。それでは、中医学で考える不眠の病態をタイプ別にご紹介します。
不眠の種類は、実証と虚証に分けて、次のように考えられます。
それでは、それぞれのタイプを細かくみていきましょう。
タイプ | 治療法 |
---|---|
気滞(気の巡りが悪い) | 気の滞りをなくし、気の流れを改善する |
肝陽亢進(気が上に上がりすぎる) | 水分を補い、熱をとり、気を正常に流す |
痰熱(余分な水分が熱を持つ) | 痰を排出し、熱をとる |
心脾両虚(血が少なく、栄養できない) | 血を生成し、全身を栄養させる |
心腎不交(上はのぼせ、下は冷える) | 下の水分を補い、上の熱をとる |
「肝」という臓腑には「疏泄作用」という働きがあります。これは、気の流れをスムーズに流すという働きで、気の「推動作用」と関係があります。気がスムーズに流れることによって、気と一緒に動く血も正常に全身をくまなく流れ、脳、心臓などあらゆる臓腑を栄養し、気分ものびやかで、安定した状態となります。
気滞になると、全ての臓腑の働きが低下します。「心」は、全身を栄養する血を送り出す役目ですが、機能が低下すると、全身に栄養を送ることができません。そのため、脳にも血がいきわたらず、不眠となります。気滞が起こる原因は、大きく分けて二つあります。
ストレスが原因で気滞が起こっているタイプには、肝の疏泄機能を高めて、全身のすみずみまで気が巡るように調整します。気が巡れば心の働きも向上し、血脈が充実するために、全身に血を送ることができるようになります。
また、気虚がベースにあるタイプには、気を補うことで気の推動作用を高めていきます。身体が強くなれば、少々のストレスにも耐えられるようになり、身体の不調を起こすことが少なくなってきます。
いずれにせよ、脳を良質な血で栄養することが大切です。
身体には、身体を冷やす「陰」と、身体を温める「陽」があります。この陰陽のバランスが適切に保たれていれば、身体は頭寒足熱となり、理想的な状態だといえます。「陽」が強すぎたり、「陰」が少なくなったりして陰陽のバランスが崩れると、身体は熱を持ち始めます。
肝の陽が多すぎて、熱が盛んになると、肝陽亢進となります。熱は、上の方にのぼる性質があるため、主に身体の上半身に、あらゆる熱の症状が出始めます。そして、心や脳も熱を持ち、精神が不安定な状態になるため、不眠となります。
肝陽亢進には、大きく分けて2種類あります。
激しい怒りを感じた際や、長期にわたるストレスの状態が長く続くと、身体は熱を持ち始めます。例えば、人から罵声を浴びたりしてカッとなった時、血圧が上がります。そして、イライラしたり、顔が赤くなったりします。これらは全て熱の症状です。他にも、眼の充血や、中耳・外耳の炎症、口内炎として現れることもあります。この状態を「肝火上炎」といいます。肝火上炎は、ただ単に陽が旺盛な状態で、身体の陰は正常と考えられます。
こちらも同じく、肝陽が亢進した状態ですが、熱によって陰が不足したために、陽の亢進を抑制できずに「虚熱」が起こっています。この虚熱が起こっている状態を「陰虚」といいます。「肝陽上亢」とは、肝の熱が亢進し、更に陰虚症状も同時に出現している状態です。熱の症状が現れるところは肝火上炎と似ていますが、イライラ、頭痛などの熱症状に加え、足腰のだるさ・しびれ、手のひらや足裏のほてりなどの、陰虚症状が特徴です。肝陽上亢は陽が旺盛で、陰も不足していると考えられます。
どちらのタイプも、肝陽が亢進し、その熱が心に伝わって精神不安定な状態になるため、不眠が起こっています。肝陽を正常に戻すことで心の陽を正常にし、精神を安定させて、不眠を解消します。
肝火上炎と肝陽上亢では、その病態自体が異なるため、治療法も違ってきます。それでは別々に治療法を見ていきます。
治則は「清肝瀉火」といいます。これは、有余である肝の熱を清する治療法です。例えば、ストーブでよくあたたまった部屋を想像してみてください。部屋の温度が上昇すると、温かい空気は上へ上がります。そんな時、窓を少し開けて暑い空気を逃がすことで、部屋の温度はちょうどよくなります。それと同じように、身体も熱を持つとその熱は身体の上半身に上がり、のぼせてしまいます。そこで、身体の上半身から熱を取り除くと、過度となった肝の疏泄機能が正常に戻ります。そうすると、熱症状は抑えられ、正常な状態に戻ります。
身体の中の水分のことを、中医学で「津液」といいます。津液には、涙、鼻水、よだれ、血、尿など、身体の中の全ての液体が含まれます。
人間は、食事をすると、その飲食物(水穀)が、胃に入り、消化され、脾に送られます。そこで栄養物となったものは、固形のもの(精微)と液体のもの(津液)に分けられ、どちらも肺に送られます。これを1.運化・昇清といいます。肺は、その後全身に津液を送り、全身を潤していきます。これを2.宣発・粛降といいます。各組織や器官を滋潤した津液は、一部は汗などで排泄されますが、残りは腎に送られていきます。
脾は「生痰の器」と言われています。これは、脾の働きが弱ると、身体の津液がうまく運ばれずに(運化ができずに)余分な水分がたまってしまうことを表しています。
肺は「水の上源」と言われています。これは、肺が五臓の中でも上部にあり、全身に水分をくまなく送り、潤す働きがあるためです(これを輸布といいます)。ビル屋上の貯水タンクのようなイメージをされると、わかりやすいかもしれません。
また、肺は「貯痰の器」とも言われています。これは、脾が弱ったためにうまく運化できなかった痰飲が、肺に充満してしまい、呼吸器系の症状を伴いやすいという特徴を表しています。
正常に代謝されなかった余分な津液を痰飲といいます。痰飲は、気に従って動く性質を持ちます。そのため、体内のあちこちに移動しやすいのです。痰飲が貯留することで、様々な現象がひき起こされます。
また、食生活の乱れ(過食)、アルコールの摂取、ストレスによる気機阻滞(水滞)や、もともと内熱がたまりやすい体質の方などの原因で、痰は熱を持ちます。痰熱は、心にも影響を及ぼして、不眠が起こります。
治則は「清熱化痰」といいます。「清熱」とは、熱を冷ます治療法、「化痰」とは、体外に痰を排出させる治療法です。ここでは、「清熱」と「化痰」に分けて説明していきます。
熱は上に上がる性質をもつため、痰熱は心にも影響を及ぼし、不眠が起こっています。そこで、熱症状を抑えると心陽の亢進も収まり、脳も安定するため、正常な睡眠となります。
まずは、脾の働きを強くして、痰の発生を抑制します。これを「健脾化湿」といいます。そして、水分を尿や汗として体外に排出させます。これを「滲出利水」といいます。
この二つの治療法に加え、日々の養生として、身体に痰熱が溜まらないように、過度のアルコールや油っこい食事を控えるようにすることなども大切です。
心脾両虚タイプは、気も血も不足している状態です。気血両虚ともいいます。
「気は血の師(すい)たり」、「血は気の母たり」という言葉があります。これは、気と血がお互い影響しあい、切っても切れない関係であることを表しています。
気と血は、お互いがお互いを補いあっているため、どちらかが少なくなる(虚す)と、もう一方も同じように少なくなってしまうのです。
良質な睡眠を得るためには、神を安定させることが大切です。この神は、血によって栄養されます。心脾両虚タイプの方は、気と血が両方不足することにより、栄養不足のために不眠が起こります(心神失養)。
血の生成の仕方は大きく分けて2つあります。
治則は「補気養血」あるいは「気血双補」です。この二つは、時期によって使い分けられます。
血虚の症状よりも気虚の症状が強く、補気に重点を置く必要がある際に用いる治療法です。全身の気、特に脾気を補うことで、主に運化作用、昇清作用、推動作用の3つの作用が向上します。
それぞれの作用が向上すると、以下のようになります。
そうすると、心も栄養され、機能が向上します。
この3つの作用が向上することで、頚から上にも血が行き渡り、脳が良質な血でしっかり栄養されると、不眠は解消されます。
気虚と血虚の症状がどちらも強く出ており、気と血の両方を早急に補う必要がある際に用いる治療法です。全身の気、特に脾気を補って、運化・昇清・推動作用を向上させることに加え、心が十分な血を全身に送れるように、血を補います。
心が血を作り、それを全身にうまく送る為には、3つの段階が必要です。
中医学では、物事を五行(木、火、土、金、水)に当てはめて考える思想があります。この五行では、心は「火」、腎は「水」に相当し、それぞれがバランスを取って、体内の熱を調整しています。心は、拍出量と拍出力を変えることで血流量を調節しています。腎は、水分を尿として排泄したり、体内に蒸化させたりして、水分量を調節しています。
心には「心陽・心陰」、腎には「腎陽・腎陰」があり、それぞれ別の役割があります。
心腎不交になる原因は、大きく分けて2つあります。
心腎不交は、虚証(腎陰の不足)と実証(心陽の亢進)が存在するため、虚実挟雑症となります。心陽が亢進しすぎると、熱が下行せず、腎陽を温められなくなります。すると、上半身は熱を持ち、下半身は冷えてきます。これを「上熱下寒」の状態といいます。
元陽・真陽・真火・命門の火・先天の火などともいいます。腎陽は「一身の陽気の根本」とされており、全身を温める作用があります。全身を温めると、腎の生理機能は活発になり、全身の生理機能が向上します。また、発育と生殖を促進させる作用があります。
元陰・真陰・腎水・真水などともいいます。腎陰は、「一身の陰液の根本」とされており、臓腑・脳・髄・骨などを滋養しています。また、発育と生殖を維持する材料でもあります。腎陰が不足すると、腎精を作ることができなくなります。精と髄と脳の関係を表す言葉で、「精は髄を生ずる」・「脳は髄の海」というものがあります。これは、「精は髄を作る元となっており、脳とは髄が集まったもの」と考えられていることを示しています。つまり、腎陰が不足すると、精、髄、脳が栄養不良となります。そのため、神(脳)が安定しなくなり、不眠が起こります。
また、腎陰は、心陽が亢進するのを抑えています。心陽が亢進してしまうと、心が熱を持ちすぎるため、神が安定せず、不眠が起こります。
腎陽と腎陰は、お互いがよりどころとして活動しており、どちらのバランスが崩れても、身体に不調をきたします。
心の生理機能の動力です。心陽は全身を温める作用があり、特に腎陽を温めています。心陽が正常であれば、身体はあたたかく、心臓の機能が維持され、血行が促進されています。しかし、陰が不足したり、あるいはストレスなどから熱の影響を受けることで心陽が亢進すると、心が熱を持ちすぎるため神が安定せず、不眠が起こります。
心陽の亢進を抑え、熱くなり過ぎるのを防いでいます。心血は心陰に属するため、心血が不足するとやがて心陰も不足します。心陰が不足すると、心陽の亢進が抑えられなくなります。心陰は、腎陰によって補われているので、心陽の亢進が続くと、腎陰も損傷されてしまいます。
心陽と心陰も、腎陽と腎陰と同じように、バランスを取りながら働いています。
心腎不交は、心陽が亢進し、腎陰が不足しているために、上半身はのぼせ、下半身は冷えている状態です。治療法は、亢進している心陽を抑制し、不足した腎陰を補って、冷えた下半身を温めるようにします。
まずは、不足した腎陰を補います(滋陰降火)。不足している腎陰が正常になると、心陰も養われます。心陰が増えると、心陽の亢進は鎮まり、上部の熱症状が抑えられます。また、あまりにも心陽の亢進が強く、腎陰を補うだけでは熱が取れない場合は、心陽の熱を逃がすような治療法も足します(清心瀉熱)。
心陽の亢進が鎮まり、心陽がきちんと全身を温めるように働くと、腎陽も温められます。腎陽は、全身を温める作用があるので、下半身も温められ、冷えがなくなります(温補下元)。また、腎精がきちんと作られるようになり、髄や脳も安定します。脳や髄が安定すると、イライラして落ち着かないなどの気持ちも落ち着き(安神寧心)、不眠が解消されます。